わん太郎

 私、真木康之は5月22日にわん太郎株式会社の代表取締役の解任通知を受けました。わん太郎やTELDogをお使いのお客様、これから使いたかったお客様、そして関係者の皆様、先行きが不透明になり申し訳ございません。これはわん太郎株式会社、および株式会社マキシステムの大株主である、大阪動物医療センター(株式会社大冬希「ダイトウキ」)の判断によるものです。

 両会社の株式とマキシステムが所有するわん太郎、TELDog等全ての権利が大冬希に渡った経緯は1年半前の2015年10月に遡ります。私、真木が代表を務めます株式会社マキシステムが開発、販売するわん太郎の東日本販売店であるベッツソリューション株式会社の谷田浩成が、マキシステムに断りもなく2015年9月にベッツソリューション全株式を光通信に譲渡しました。これは明らかに販売店契約の条項に違反するものであり、ただちに契約を解消すべきものでしたが、これを耳にした西日本の販売店であるブイテックサポート株式会社の多田光宏が私にではなく、こともあろうにお客様の大阪動物医療センターの北井院長に相談したことが発端でした。

 多額の負債を抱えるブイテックサポートの多田は、自社の救済を含め、助けてくれるよう懇願したと北井院長から聞いております。それでは一肌脱ぐので出資する資金を元に会社を立て直し、わん太郎には以前の勢いを取り戻してほしい、社名はわん太郎株式会社、代表は私、真木がいいだろうというお話をいただいたと聞きました。私は出資額が1,000万や2,000万ならすぐに底をつくのでお断りするつもりでいましたが、億からの用意があり2年間は安泰で大船に乗った気持ちでいてほしいと直接お聞きし、最初耳を疑ったのですが、長年のお客様のお申し出でもあり、お断りする理由が見つからなかったため進めることにしました。

 本来はマキシステムをわん太郎株式会社にする予定でしたが、諸事情により2015年10月21日にブイテックサポートの代表に私が就任し、わん太郎株式会社と改め、マキシステムが所有する全ての権利はわん太郎株式会社に譲渡することになりました。以前より、東日本のユーザーのサポートや新規獲得に問題があると考えていたため、当初より東京に拠点をつくり人材を置くことは一連の話の中で既に決まっていました。最初はワンルーム程度で寝泊まりできれば十分という私に、体裁もあるからとそれなりの物件をと言われ、挙げられた候補をいくつか見て回りました。それが不可解な理由で一旦中断されました。また、私は不動産視察や人材登用、北井院長のご要望のPepperの開発などで多忙だったこともあり、経理と北井院長とのやりとりは前代表の多田に任せておりました。

 ところが、マキシステムの株と権利が譲渡され、ブイテックサポートの負債が国金の400万を残して一通り解消、新人採用も落ち着いた2016年3月末、会社の売上が想定以上に落ち込んでいるという理由で突然出資が打ち切られました。わん太郎株式会社を立ち上げてわずか半年です。負債処理が落ち着いたのでそろそろわん太郎株式会社の出資金や持株比率の話をしなければと思っていた頃でもありましたし(旧ブイテックサポートの全株式は既に大冬希に譲渡されていました)、一度流れた東京拠点の話が、横浜の小規模拠点案で復活し2人の採用も決まったものの、やはり横浜支社は取りやめと言われ泣く泣く2人の採用を断らざるを得なかった直後でした。それまでに大冬希から注入された資金はわん太郎、マキシステムあわせ2,500万程でした。

 出資をやめるという話を聞いたのは間接的であり、真意を確かめるために面会を申し込みました。元々の話と違う、売上が上がらないのは予想できたはずだと言いましたが、聞き入れてもらえませんでした。わん太郎等の権利を私に戻してほしいとも伝えましたが断られました。当然会社は成り立ちませんので採用してまだ2,3ヶ月の新人4人には退職してもらい、大阪駅前第2ビルの事務所は6ヶ月は移転できずに高い家賃を払い続け、退去時の現状回復費用も工面しなければなりませんでした。

 その間、ベッツソリューションを買った光通信からわん太郎を買いたいという話があることを聞かされ、北井院長にご迷惑をかけてしまった資金が少しでも返ってくるならとも考えましたが、よくよく話を聞くとわん太郎の権利だけを譲渡して我々の待遇が不明なことがわかりました。送られてきた契約書を見ましたが、それはわん太郎の権利が谷田が代表を務めるベッツソリューションに移る内容でとても同意できるものではありませんでした。北井院長には申し訳ないがお断りすると伝えました。断ると言っても通らないだろうと思っていましたがなぜか通ります。これが昨年の9月 です。

 なくなったと思っていた話が年が明けた2017年1月に再度復活し、契約書にサインを求められました。金額は2,500万となっていました。相当わん太郎の権利がほしいようでした。今回は代表に谷田の名前がなくなっていました。即座に登記簿を取り寄せると谷田以外に代表がもう1人おり、その方が記載されていただけでした。同意できないことには変わりなく、光通信の関係者にも会い直接お断りしました。北井院長にすればせっかくのお金を取り戻す機会を私が奪ってしまった格好になるわけですから相当憤慨しているはずです。代表取締役の解任を覚悟していましたがすぐに解任されることはありませんでした。

 事務所の引越しも終わり経理面も落ち着いてきたので、会社のHPをリニューアルに取り掛かり、4月には全国の動物病院に新サイトを案内するDMを発送しました。

 そして、5月、大冬希から会社の印鑑を渡すように言ってきました。これは渡すと私抜きで光通信にわん太郎の権利を売り渡す契約書にサインされてしまう恐れがあるため、必要な書類があればこちらで押印すると伝えました。そして、5月22日の代表取締役解任通知となります。

 既に事務所の鍵は変えられ、部外者の私は中に入ることはできません。中にはわん太郎のアクティベーションやサポートに必要な情報の詰まったサーバーがあります。サーバーの電源は落とされているようで23日を最後にアクセスできません。新規でわん太郎をインストールできず、サポートに必要な情報にアクセスできない状況が続いています。

 20年前、私がわん太郎の前身となるシステムを作り、全国の動物病院に展開することを夢見て獣医師をやめてITの道に進みました。1人で全国展開するには協力者が必要であり、ITの会社経験も必要と考え、ネットワークソリューション株式会社の谷田の誘いに乗り入社しました。その後、動物病院業界に特化したベッツソリューション株式会社を谷田が代表取締役、多田と私が取締役で立ち上げました。

 谷田、多田とも営業で、彼らの協力によりわん太郎ユーザーは順調に増えましたが、営業は売りっぱなしでサポートに協力しないことに問題があるとずっと感じていました。それをカバーするためサポートはインストラクターと開発の私で必死に行いました。朝から晩まで電話はなりっぱなしで、開発は夜落ち着いてからしかできないのです。システムもお客様のご要望にお応えするため必死で開発しました。しかし、新規獲得が次第に難しくなり売上が低迷し始めると谷田は会社の売り先を探し始めます。そして、ベッツホールディングスに売却され、私は離れました。何で稼いでいるかよくわからなかった会社だからです。場所も大阪から離れ家内の故郷のある熊本に引越し、外注として開発を続けることにしました。長男の環境のこともありましたし、システムとしてオーバーホールが必要な時期だったのでサポートの喧騒から離れるべきと考えました。もちろん、作成中のわん太郎の新バージョンは私に権利があるという前提での話しで谷田にはそう伝えていました。

 丁度1年が経過した頃、ベッツホールディングスが危なくなりました。聞くとわん太郎の権利は新バージョンも含めホールディングスに売却されていました。私の同意などどこにもありません。これは谷田と多田が勝手に進めていたことでした。ただちにベッツホールディングスの橋本代表に連絡を取り、不当であることを伝えました。最終的に買い戻す形になりましたが、これを機会にわん太郎の開発会社であるマキシステムを立ち上げ、ここに権利を集中させることにしました。谷田、多田には各々東日本と西日本の販売店になってもらい(九州はエフシ)、月々ユーザー数に応じて売上の一部を納めてもらう販売店契約を取り交わしました。本来であれば競合製品の販売は禁止するものですが、谷田が受け入れないため仕方なくはずして販売を継続してもらうことにしました。

 そして、今回。またもやわん太郎の権利が光通信やお客様まで巻き込んでおかしなことになっています。一連の流れから推測するに、これは私からわん太郎を奪うために谷田、多田、北井院長、光通信が共闘して仕組んだことだった可能性が高いと考えます。この4者で最後にわん太郎の権利が渡るところが首謀者でしょう。おそらくそれは光通信のグループ会社となったベッツソリューションの谷田と思われます。2,500 万も出してわん太郎の権利を買おうという者など普通はいません。ベッツソリューションが売却された直後に光通信から直接マキシステムの私に声がかかれば、警戒してどんなに金額を積まれても断っていたことでしょう。しかし、お客様からの依頼なら受ける可能性がある、それがわかっていたのでわざわざ大阪動物医療センターの北井院長を通してきたのです。自分たちは全く関係がないかのごとく、むしろ敵対しているかのように見せかけて。そして、谷田は万一光通信が撤退したときのための保険としてもわん太郎を取得しておきたいのです。

 私のような製品を作る開発者は、開発での戦い以外に製品や権利を奪おうとする者との戦いがついて回ります。この20年それの繰り返しでした。味方のうちやうまくいっているうちはよいですが、対立しはじめると奪いにきます。もともと私がわん太郎を始めたきっかけは動物病院により良いものを提供したいという思いからです。決して営業を食べさせるためではありません。谷田、多田とは徹底的に戦うつもりです。わん太郎の権利を取り戻し、ご迷惑をかけてしまった北井院長には返済しなければなりません。光通信に権利が移ってしまうということは光通信の営業を食べさせる商品がひとつ加わることでしかなく(今後光通信は動物病院に手を変え品を変え様々な商品を売り込みにきます)、動物病院への展開を有利にするためで、決してわん太郎の将来を思ってのことではありません。私抜きではわん太郎の開発継続が困難なことは私自身が一番わかっているつもりです。私も現在50歳でいつまでも一人で開発しているわけにはいきませんが、今はまだ誰かにバトンタッチする時期ではなく、準備もできていません。光通信に渡ってしまえば、わん太郎ユーザーは置き去りにされ別の製品を勧められることでしょう。他社の製品が使いにくいのは現場の意見が通ってないからです。会社の方針が優先されユーザーの声が開発者まで届かない、開発者も分業でそこまでやるつもりも意欲もない、マネージメントできるものがいない、様々な理由があるかと思います。

 わん太郎は私が20年間現場の声を拾い上げてシステムに取り込んできた成果物でもあります。iPadや電子カルテと機能が増え、現在も様々なご要望をいただきシステムに取り込む努力をしています。それが私が部外者になってしまうとストップしてしまうのです。この不当な状況に対し、私は断固戦うつもりでいます。ベッツソリューションや私が不在のわん太郎株式会社にお問い合わせされても本当に求められている情報は得られません。旧来のお客様やわん太郎について詳しいことをお聞きになりたい方は、私の携帯かinfo@wantaro.jp(wantaro.jpは私が所有しています)までご連絡をお願い致します。

 また、この真実に限りなく近いと思われる一連の犯罪行為の立証に協力していただける弁護士、警察関係者を求めています。ご協力いただける方は真木までご一報ください。

2017年5月26日

真木康之